PROFILE


永渕 元康(ナガフチ モトヤス)

1980年6月18日埼玉県生まれ
座右の銘:鉄心石腸

一枚の写真と出会いカメラマンの道に

何もやりたいことが見出せず悶々としていた大学在学中、偶然誘われ立ち寄った報道写真展でユージン・スミス氏の『楽園への歩み』という作品に希望と衝撃と感銘を受ける。
「人々に希望を与えられるような写真が撮りたい」という気持ちが込み上げ、直後、カメラマンの道を志すためすぐにカメラを買うとベトナムへ。
帰国後、現像したフィルムの出来栄えは散々だったものの、その中にあった数少ない満足のいく写真が、たまたま出したコンペにで評価され、仕事が舞い込んでくるようになり、本格的に写真の勉強とともにフリーの報道カメラマンの道に進むことを決意する。

報道時代の思いを胸に

個人事務所を設立後、恵比寿の写真事務所のカメラマン、アパレルブランドのチーフカメラマン、フォトディレクター、不動産会社の広告統括を経て、2012年に広告代理・制作会社 株式会社サイラを設立。
なかなか企画まで携われない個人カメラマンという立場に限界を感じていたこと、自分のやりたいことが報道時代の延長上にあったこと、そして、東日本大震災を目の当たりにしたことが主な起業の理由である。
また、海外取材時に感じていた日本という国のコミュニティの脆弱性を解消すべく、人々がつながるコミュニティカフェを同時オープンすることで、地域コミュニティの創生も行いながら、地域をつなぐ窓口となって事業を展開。
その後、拠点をさいたまに戻し、現在は広告撮影をベースとした様々な販促プロモーションをはじめ、企画、イベントなど地域と企業と人をつなぐ事業を展開。
また、自身も広告事業の傍、大学をはじめとした若者に向けた講演をはじめ、地域活動や福祉分野のサポート、海外支援を精力的に行う。
現在、報道時代から変わらずテーマにしてきた”つながるコミュニティが創り出す自立モデル”の構築のため、日々全力で精進中。
10年以内に仕組みを構築し、取材してきた様々な環境下で生活している人たちの元へ届けることを誓う。

人生観を変えた報道の仕事

報道カメラマンとしては主に、2000年より約8年、30カ国弱の国々を回り、紛争地域や貧困地域、環境問題、被災地域の状況下で生活している子ども達を最前線で取材。苦境の中で人々が希望を紡ぐ写真を撮りまわり、雑誌、新聞、講演会、写真展などで発表。
戦争や災害、貧困などの中で様々な人との出会いと別れや出来事を体験していきながら、命の尊さ、文化の違い、人生観、コミュニティの重要性など、多くのことを学んでいく。
この時代の出来事がのちに、当時の経験が今後の人生における永渕元康としての原点となる。
その後、2005年のネパール取材中の滑落事故負った怪我が原因となり、志半ばの2008年に引退、本業を兼ねてより日本で活動していた広告カメラマンの方にシフトする。

『人を繋ぐカメラマン』に

会社を経営する傍ら、現在もチーフカメラマンとして、現場の最前線に出る。
今までの様々な経験が撮影の幅を広げ、現在は、水中以外は全てのジャンルの撮影を行う。
広告のノウハウから、制作の意図や顧客心理を考えた切り取り方をするため、セールスにつながる『人を繋ぐカメラマン』として、芸能、音楽、商業、飲食に多くの支持を得る。

写真展

・「TSUNAMI~アンダマンから君へ~」2005 代々木公園
・「子ども王国の日常」2006 デザインフェスタギャラリー
・「いつかの学び舎」2007 BAR[EXIT]
・スライドショー「流星日和」2008 BAR[EXIT]
・Growing Blossom展 2012 プチ・フウユギャラリー『WHO』
・MYU-A⇔Motoyasunagafuchi展 ETERNAL WORLD」2013 プチ・フウユギャラリー『WHO』
・MYU-A⇔Motoyasunagafuchi展 「ボクらは『コドモ』」2013 プチ・フウユギャラリー『WHO』 ほか

受賞歴

読売広告大賞協賛社賞(大塚聡子氏[デザイン]との共作) ほか

講演

・スライドショー講演会 2004 東京都庁
・「きっかけは動いた先にある」2013 淑徳大学
・「きっかけは動いた先にある」2014 淑徳大学
・未来職堂『福祉と向き合う志事』2015蘇我勤労市民プラザ
・「第8回生き方発掘ツアー」2015シーノ大宮センタープラザ ほか

映画

・「メンテナンス」2002 山田光栄監督
・「ハルの夜」2006 アツシ役 山田光栄監督 ほか