“二つの原点”


父は土砂降りの雨の中、傘もささずにスーツを泥まみれにしながら、ハンカチで丁寧に祖父の墓石を拭いていた。

父が眠る墓を丁寧に拭いていると、ふと、あの時の光景がフラッシュバックしてきた。

そうだ、僕は確かに、あの後ろ姿を見て、自分の事業を興していく決心をしたのだ。

もしも、あの日、あの姿を見ていなかったら、僕はきっとまた違う人生を歩んでいたことであろう。

そう考えると思わず笑えてしまう。

父の墓があるこの場所周辺は、季節ごとに変わりゆく田園風景が広がるのどかな場所だ。実は此処、自分が小学生時代に嫌なことがある度に、自転車で赴き、一人ぼーっと佇んで眺めていた場所でもあった。

そう考えると不思議である。

同じ風景を今は親父が見ているのだから。

それは偶然なのか。

それとも必然なのであろうか。

野暮ったい程たくさんの花を供え、煙ったい程たくさんの線香を添える。

「貴方のことだ。これくらいの方がきっと喜ぶ。」

父への挨拶をすませ、再び見渡す風景。

相変わらず、いつまでも静かで、空は何処までもクリアーだ。

しかしながら、こうやって眺めてみると、何処かあの頃見ていた風景とは違う気がする。

見ている風景が変化したのか、それとも、自分自身の視点が変化したのか。

それでも、微かに漂うあの頃の残り香が、昔と同じように気持ちを落ち着かせてくれる。

自分を創ってきた”二つの原点”がこんなにも近くにあるということは有り難い。物覚えの悪い自分の記憶でもいつでも留めておける。

太陽に照らし出されていく新芽の匂い。

どうやら、これから暑くなってきそうだ。

自分はこれから、さらに茨な道へと飛び込んでいく。

もちろん、戸惑いはない。

人生は楽しむ、ただそれだけだ。

「ご機嫌麗しゅう。   また来るわ。」

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